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防災と言わない防災

防災と言えば、災害に対する備えを意味する事が多いが、
色々と取材をしてみるとどうやらそんな簡単なものでは無い事がわかってくる。
 

 
 
例えば、避難に対し支援が必要な人に対するリスト作り。
 
誰が何処に住んでいるか・・・を調べてリストにするだけの事だが、
プライバシーの侵害だ・・とか、個人情報保護法に触れる・・とかで協力が得られず、
地域における支援計画そのものが立ち上がらないのだ・・と自主防災組織のリーダーが語った。
 
防犯も防災も、結局町ぐるみで取り組むと、効果は上がりやすい。
 
遠くの親戚より近くの他人・・と言うように、いざ・・と言う時頼りになるのは、
やっぱり隣近所の手によるもの・・というデータがある。
 
隣に住む人の顔が解っていれば、見ず知らずの他人が家に入ろうとしてもすぐわかるし、
日頃話をする関係が出来上がっていれば、いざという時にも信頼関係が作りやすい。
 
そういう意味では、地域の防犯組織は防災の役も自然に担うのだろう。
 

 
平塚で取材をした時、お年寄りをどう避難させるか・・・という計画を立てている地域のリーダーに出会えたが、
防犯も防災も地域福祉も全ては人の和とシステマティックな体制作りにある・・・と言っていた。
 
消防団が地域の見回りをする時、独居老人の声がけや体調把握を行い、
災害時には地域の若者が避難の支援を担当するようにセッティングする。
 
そんな理想論が実際に行われていて、少なからず驚いた事を思いだした。
 
神奈川県では、そんな地域のリーダー達を対象に研修会を行っているが、
災害時、行政の力が個人個人に届くまでの間をケアする組織を下支えする施策としては、
必要不可欠なものなのかも知れない。
 

 
自分自身は?
と考えると、ほとんど自宅に居ないような生活故に、
かなり不安がある事に気付く。
 
地域の事など何も知らないし、
実際に自宅に居ない場合は、間違いなく局で報道の手伝いにあたっているわけで・・・
 
すいません・・・
言い訳です。
 
地域の事も、もう少し考えよう・・・と、
日記には書いておきます(/–)/
 

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